CD鑑賞日誌


by furt-orooro

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b0056240_1326101.jpgフルトヴェングラー
&バイロイト祝祭管弦楽団
1951.7.29

DELTA
DCCA-0029

ALP1286/7起し。

盤起しだが、DELTAで言う「第2世代」技術によって、LPノイズはほとんど気にならない。
これまでの同演異盤CDは、曇りガラスの向こうのぼやけた像を見ていたのだ。
今回のDELTA盤で、曇りがとれ、像が明瞭になった、印象である。

明瞭明晰。とりわけ、低域が全編に渡り、分離良く、自然な大きさで鳴っている
(第2楽章トリオのVcの歌、第3楽章第2主題の高低の対比の大きさ、などなどお聴きいただくしうかない)。
これでこそ、フルトヴェングラーの魅力の一つである、高低のカラフルさと対比の大きさが生きることになる。

OTAKEN TKC-301
が、盤起しCDとしての先駆けとすると、今回のDELTA盤が、打ち止めとなる。
同演異盤CDの中での最終的な決定盤の誕生。

レビューは、「フルトヴェングラー鑑賞記」より

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by furt-orooro | 2006-11-27 12:40 | フルトヴェングラー
フルトヴェングラー&ウィーン・フィル
1951.8.6
ザルツブルク音楽祭でのライブ

日本フルトヴェングラー協会 
WFJ-48/50

CETRA LP(FE-19)盤起し。
擬似ステレオ。

擬似ステレオ度は軽度。盤起しとしては良好だが、音の線は細い。
ARKADIAの方が音の周辺成分が明瞭に残っており、音が厚い。

キラキラと煌くVnが、時にアリアのように、時に歌手の伴奏として、美しくしなやかに生き生きと、格調高く流麗に流れ、常に全体をリードしている。
(このあたりは特にARKADIAで聴くと、Vnが厚く煌びやかでよくわかる。当協会盤ではVnがカサカサした乾いた音になってしまっている。)
木管パートの奥行きのある滋味深さも、作品をより音楽的なものとしている。

この後に(あるいは途中で)、最近、ドラマのテーマ曲でブレイクしているベートーヴェン、交響曲第7番のフルトヴェングラーの演奏を聴くと(1943、1950、1953 どれでも)、各旋律の歌わせ方が同じスタイルであることに気づく。
出谷啓氏の述べている下記のようなことだろう。
「(フルトヴェングラーは)またアウフタクトを大切にすると同時に、音楽に生気あるリズムを注入する。音楽の真髄はリズムに始まり、リズムにつきることを雄弁に物語っている。リズムに生気を持たせることにより、ゲサンク・フラーゼ(旋律楽句)をまさにゲサンク(歌)として、自然に再現できるという指揮論を打ち立てた。」

同じことは、フルトヴェングラーの「ドン・ジョバンニ」と「フィガロの結婚」の演奏にもあてはまる。

レビューは、「フルトヴェングラー鑑賞記」より。

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by furt-orooro | 2006-11-01 23:59 | フルトヴェングラー